2025年11月24日
No.194 幸せの代償(R18)
幸せをずっと感じ続けるとどうなると思いますか?
不幸をずっと感じ続けるとどうなると思いますか?
人はどちらも過剰に摂取してはならず、どちらにしても心を壊す要因になります。
例えば幸せ、多くの幸せは身も心も満たし優越感に浸る事が出来るでしょう。
ですがその先に待つのは幸せという麻薬の依存、人は強い幸福感を感じると気持ちが落ち着いた時に心が病むようになっていると思うのです。
不幸なら問題ないのか?不幸は料理に例える事が出来るでしょう。
不幸を知らない人が幸せという美味を感じる事は出来ません、不幸を知っている、不味い料理を知っているからこそ美味しい料理がわかるのです。
そういう意味で言えば適度な不幸は人をより幸せにするために必要な栄養と言えるでしょう。
だがその幸せを過剰に取れば再度不幸に陥る。
人の心は常に波のように揺れ動き、バランスを保たれている。
私は厭悪の究極系 エル・サンダイン。
人の悪感情を利用する事に特化した女帝。
だがただただ悪意を送り込んでも意味がない。
人の心を深く深く追求した技術が必要になる。
私は研究した。
とある話を聞いたことがあるだろうか?
男性の自慰行為、やり過ぎる事で男性ホルモンが減少し、鬱になりやすい
逆に適度な自慰行為は身体共に良き影響を与える。
自慰行為をしなければ男性ホルモンが増え、健康になり異性にモテる。
だがずっと自慰行為をしなければ男性としての性欲が失われると同時に精子の作られる量が減り
結果的に男性ホルモンが減ってしまう。
これは一例だが適度なバランスを保つ事で均衡を保っている現状がある。
帝園は女性しか存在しないためこの一例は現実世界で知った一例であり、私が現実世界に出て自身の厭悪についてしっかりと考えるまで思いつきもしなかった。
これが私にとって究極系の構成員に辿り着けなかった要因。
人を知らなさ過ぎた。
ただの悪意は人によって救いにも居心地の良い空間にもなってしまう、
それを主、パト様との闘いで学んだ。
だから相手にとって最も嫌う悪意を的確に見つけ取り込ませる必要があるのだ。
だがそうなると私は人を知らなさすぎる。
私の出身園 第十二園は軍事国、常に戦争が起き、第十二園内にある国はいつも戦いに明け暮れていた。
元々私もその隊員だった。
当初の実力は中の上くらい、だが邪人族は褐色肌が当たり前なのに私はアルビノ肌、邪人族にしてはあり得ない程白い肌を持っていた、故に同じ隊員から迫害を受けた。
もちろん性的暴行も受けた。
何度も殴られた、舌なんて何度も千切られ、穴という穴に真っ赤になった熱した鉄棒を突っ込まれた。
肌を焦がせば褐色なるのではと何度も拷問を受けた。
それはそれは多くの無慈悲な悪意を受けた。
そこで私は目覚めた。
気付けば私は悪意に対して何も感じなくなっていた。
それどころか悪意が私自身を守ってくれる、癒してくれる、今まで受けていた攻撃も全て当たらない。
私は攻撃の影響を受けない肉体と精神を手に入れた。
そして数年、私は今まで私を虐めた邪人族を辱め続けた。
私の舌を引きちぎった奴らには今まで千切られてきた私の舌をご馳走した。
私の穴という穴に鉄棒を突っ込んだ奴らには丁度股の間に穴が空いていたためそこから鉄棒を突き刺し
きっともっと黒くなりたいと思い、串刺しのまま火あぶりにした。
私は不思議と今まで受けて来た暴行で失ってきた部位がすぐに再生した。
本来であれば帝園で死ぬことで全部位が治るのだが私は自然治癒で治った。
不幸だった。
だけど私はその不幸を受け止める器があり、悪意が私を愛してくれた、それに甘んじて私はただただ悪意と共に寄り添って生きて来た。
幸せだった。
私の幸せを皆にもわからせたかった。だけど他の皆は私と違って不幸を受け止める器がなく、悪意もまた彼女達を愛さなかった、だから死ぬギリギリまでずっと許しを乞うていたのだろう。
そう、私は不幸であり、幸せだった。
話は逸れたが結果的に人は幸せ過ぎても不幸を感じ、不幸を感じなければ幸せを感じれない。
だから私は考えたの、私は主様と対峙した時、めいいっぱい不幸にしてあげよう、そして私という
幸せに満たされ依存させればと。
私はちょっと甘かったのかもしれない、
あの時の反省をずっと私はしていた。
本来の計画で言えば私が雪花や月花に告げ口をし、以前のパトが帰る数日前に雪花と月花と以前のパトが3人で性行為をしている所を主様に見せるつもりだった。
メリアはそのトドメとして用意していた。
目の前で愛する人二人が主様にとって知らない男性の肉棒と繋がっている光景は最大級の不幸を言えるだろう、きっと立ち直れない、これがあとから術中だと知った後でもきっとその光景は消えない。
最大限の不幸、だがそこで終わらせてしまっては意味がない、
そのためのメリアだった。
主様は逃げるように自室に籠るだろう、きっと心を壊すだろう。
そこでメリアと以前のパトがまた性行為をし、今まで自分の前だけ囁いてくれた愛の言葉、艶めかしい喘ぎ声、自分だけしか知らないメリアの肉壺、そこを自由に弄ぶ肉棒、それがトドメだった。
それが最終日、そしてそこで項垂れる主様に私が取り入る。
一晩中愛する、裸で、私がずっと主様に愛を囁く、そして主様は私に依存する。
これで完成だった。
最大限の不幸中の幸福、それは最も無くなっている栄養が一気に満たされ溢れ出るような幸福の洪水。
今まで愛していた恋人達の目の前での裏切りによる悪意で満たされ、私がそこに介入することで主様は悪意に飲まれたままずっと生きていく事が出来た。
だが結果を言えば失敗。
メリアがそれを阻止し続けた。
メリアも同じ依存を得意とする女性、同じ依存を扱う者同士、結果的にメリアは私の能力で作った存在にも関わらず、最初の出会い以降以前のパトと会う事すらしなかった。
それはメリア側にとって最大級の依存攻撃だっただろう。
メリアは一度主様の前で以前のパトの腕を組む事で嫉妬心を生まれさせた。
結果的にそこから雪花と月花が以前のパトと仲良くなる程度で終わったが、それがメリアの価値を高めさせた。
パトはメリアと会えなかった、だから四季家と仲良くなった。
主様にとってパトとメリアに目の前で進展がなかったのは心の何処かでは安堵だっただろう。
それが主様の嫉妬心を持たせながらもメリアを無意識のうちに意識させる高等テクニック。
モテる女は異性をその気にさせるのが上手いと聞いたことがある。
自分が他の男性に惹かれるかも、取られるかも、それを上手く誘導出来る女性は男性からアプローチを受ける。
その中でメリアは私を止めた。
私にとって誘導したかった展開以上にここで動きを止められるという意味を最後の最後まで理解出来ていなかったのが大きかった。
途中までは私の邪魔をするメリアがただただ鬱陶しいだけだったが、結果的に主様が私に対して不信感を抱き、最終日にパトと私の接触を見せつける事で完全に私への好意が絶対的安息の地ではなくなってしまった。
メリアと同じ土俵、「いつかとられてしまうかも」という感情の域に入ってしまった。
それで私はメリアに勝つのは不可能だった。
結果的に私は主様に拒絶され、最後の最後で否定され、負けた。
・・・・・・
ずっと反省してきた、主様を陥れるやり方、周りを陥れるやり方は間違っていなかったと今でも思う。
だがその悪意は主様に拒絶されるだけで、きっと私は消滅するだろう。
だからこそ私は悪意についてもっと学ばないといけない、ただ悪意を埋め込むのではなく、
もっと巧妙に、そして周りがその悪意に違和感を覚えないように。
それが厭悪の究極系、エルの進化論なのだから。
不幸をずっと感じ続けるとどうなると思いますか?
人はどちらも過剰に摂取してはならず、どちらにしても心を壊す要因になります。
例えば幸せ、多くの幸せは身も心も満たし優越感に浸る事が出来るでしょう。
ですがその先に待つのは幸せという麻薬の依存、人は強い幸福感を感じると気持ちが落ち着いた時に心が病むようになっていると思うのです。
不幸なら問題ないのか?不幸は料理に例える事が出来るでしょう。
不幸を知らない人が幸せという美味を感じる事は出来ません、不幸を知っている、不味い料理を知っているからこそ美味しい料理がわかるのです。
そういう意味で言えば適度な不幸は人をより幸せにするために必要な栄養と言えるでしょう。
だがその幸せを過剰に取れば再度不幸に陥る。
人の心は常に波のように揺れ動き、バランスを保たれている。
私は厭悪の究極系 エル・サンダイン。
人の悪感情を利用する事に特化した女帝。
だがただただ悪意を送り込んでも意味がない。
人の心を深く深く追求した技術が必要になる。
私は研究した。
とある話を聞いたことがあるだろうか?
男性の自慰行為、やり過ぎる事で男性ホルモンが減少し、鬱になりやすい
逆に適度な自慰行為は身体共に良き影響を与える。
自慰行為をしなければ男性ホルモンが増え、健康になり異性にモテる。
だがずっと自慰行為をしなければ男性としての性欲が失われると同時に精子の作られる量が減り
結果的に男性ホルモンが減ってしまう。
これは一例だが適度なバランスを保つ事で均衡を保っている現状がある。
帝園は女性しか存在しないためこの一例は現実世界で知った一例であり、私が現実世界に出て自身の厭悪についてしっかりと考えるまで思いつきもしなかった。
これが私にとって究極系の構成員に辿り着けなかった要因。
人を知らなさ過ぎた。
ただの悪意は人によって救いにも居心地の良い空間にもなってしまう、
それを主、パト様との闘いで学んだ。
だから相手にとって最も嫌う悪意を的確に見つけ取り込ませる必要があるのだ。
だがそうなると私は人を知らなさすぎる。
私の出身園 第十二園は軍事国、常に戦争が起き、第十二園内にある国はいつも戦いに明け暮れていた。
元々私もその隊員だった。
当初の実力は中の上くらい、だが邪人族は褐色肌が当たり前なのに私はアルビノ肌、邪人族にしてはあり得ない程白い肌を持っていた、故に同じ隊員から迫害を受けた。
もちろん性的暴行も受けた。
何度も殴られた、舌なんて何度も千切られ、穴という穴に真っ赤になった熱した鉄棒を突っ込まれた。
肌を焦がせば褐色なるのではと何度も拷問を受けた。
それはそれは多くの無慈悲な悪意を受けた。
そこで私は目覚めた。
気付けば私は悪意に対して何も感じなくなっていた。
それどころか悪意が私自身を守ってくれる、癒してくれる、今まで受けていた攻撃も全て当たらない。
私は攻撃の影響を受けない肉体と精神を手に入れた。
そして数年、私は今まで私を虐めた邪人族を辱め続けた。
私の舌を引きちぎった奴らには今まで千切られてきた私の舌をご馳走した。
私の穴という穴に鉄棒を突っ込んだ奴らには丁度股の間に穴が空いていたためそこから鉄棒を突き刺し
きっともっと黒くなりたいと思い、串刺しのまま火あぶりにした。
私は不思議と今まで受けて来た暴行で失ってきた部位がすぐに再生した。
本来であれば帝園で死ぬことで全部位が治るのだが私は自然治癒で治った。
不幸だった。
だけど私はその不幸を受け止める器があり、悪意が私を愛してくれた、それに甘んじて私はただただ悪意と共に寄り添って生きて来た。
幸せだった。
私の幸せを皆にもわからせたかった。だけど他の皆は私と違って不幸を受け止める器がなく、悪意もまた彼女達を愛さなかった、だから死ぬギリギリまでずっと許しを乞うていたのだろう。
そう、私は不幸であり、幸せだった。
話は逸れたが結果的に人は幸せ過ぎても不幸を感じ、不幸を感じなければ幸せを感じれない。
だから私は考えたの、私は主様と対峙した時、めいいっぱい不幸にしてあげよう、そして私という
幸せに満たされ依存させればと。
私はちょっと甘かったのかもしれない、
あの時の反省をずっと私はしていた。
本来の計画で言えば私が雪花や月花に告げ口をし、以前のパトが帰る数日前に雪花と月花と以前のパトが3人で性行為をしている所を主様に見せるつもりだった。
メリアはそのトドメとして用意していた。
目の前で愛する人二人が主様にとって知らない男性の肉棒と繋がっている光景は最大級の不幸を言えるだろう、きっと立ち直れない、これがあとから術中だと知った後でもきっとその光景は消えない。
最大限の不幸、だがそこで終わらせてしまっては意味がない、
そのためのメリアだった。
主様は逃げるように自室に籠るだろう、きっと心を壊すだろう。
そこでメリアと以前のパトがまた性行為をし、今まで自分の前だけ囁いてくれた愛の言葉、艶めかしい喘ぎ声、自分だけしか知らないメリアの肉壺、そこを自由に弄ぶ肉棒、それがトドメだった。
それが最終日、そしてそこで項垂れる主様に私が取り入る。
一晩中愛する、裸で、私がずっと主様に愛を囁く、そして主様は私に依存する。
これで完成だった。
最大限の不幸中の幸福、それは最も無くなっている栄養が一気に満たされ溢れ出るような幸福の洪水。
今まで愛していた恋人達の目の前での裏切りによる悪意で満たされ、私がそこに介入することで主様は悪意に飲まれたままずっと生きていく事が出来た。
だが結果を言えば失敗。
メリアがそれを阻止し続けた。
メリアも同じ依存を得意とする女性、同じ依存を扱う者同士、結果的にメリアは私の能力で作った存在にも関わらず、最初の出会い以降以前のパトと会う事すらしなかった。
それはメリア側にとって最大級の依存攻撃だっただろう。
メリアは一度主様の前で以前のパトの腕を組む事で嫉妬心を生まれさせた。
結果的にそこから雪花と月花が以前のパトと仲良くなる程度で終わったが、それがメリアの価値を高めさせた。
パトはメリアと会えなかった、だから四季家と仲良くなった。
主様にとってパトとメリアに目の前で進展がなかったのは心の何処かでは安堵だっただろう。
それが主様の嫉妬心を持たせながらもメリアを無意識のうちに意識させる高等テクニック。
モテる女は異性をその気にさせるのが上手いと聞いたことがある。
自分が他の男性に惹かれるかも、取られるかも、それを上手く誘導出来る女性は男性からアプローチを受ける。
その中でメリアは私を止めた。
私にとって誘導したかった展開以上にここで動きを止められるという意味を最後の最後まで理解出来ていなかったのが大きかった。
途中までは私の邪魔をするメリアがただただ鬱陶しいだけだったが、結果的に主様が私に対して不信感を抱き、最終日にパトと私の接触を見せつける事で完全に私への好意が絶対的安息の地ではなくなってしまった。
メリアと同じ土俵、「いつかとられてしまうかも」という感情の域に入ってしまった。
それで私はメリアに勝つのは不可能だった。
結果的に私は主様に拒絶され、最後の最後で否定され、負けた。
・・・・・・
ずっと反省してきた、主様を陥れるやり方、周りを陥れるやり方は間違っていなかったと今でも思う。
だがその悪意は主様に拒絶されるだけで、きっと私は消滅するだろう。
だからこそ私は悪意についてもっと学ばないといけない、ただ悪意を埋め込むのではなく、
もっと巧妙に、そして周りがその悪意に違和感を覚えないように。
それが厭悪の究極系、エルの進化論なのだから。
patopatoblog at 00:49│日常(R18)
